argius note

プログラミング関連

フェルマーの最終定理 - Simon Singh

asin:4102159711 (副題:ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで)
数学界屈指の難問が360年という歳月を経てついに証明された、という歴史的大快挙を、数学の歴史を辿りながら語ってゆく、壮大な浪漫を湛えたドキュメンタリーをノンフィクション小説に仕立て上げた作品です。
伝記のようでもあり、歴史物のようであり、そして現実以上にドラマティックな構成が素晴らしく、小説として純粋に面白くできています。数学が嫌いでなければ、それほど詳しくなくてもきっと楽しむことができるはずです。


最後の論文が出版されたのが12年前、原著はおよそ10年前に発表されていますが、その頃の自分はまったくこういった話に触れる機会がなくて、リアルタイムでの記憶は全くと言って良いほどありません。
私は元々、数学は好きなほうで、面白いものだと思っていましたが、ワイルズ氏が幼い頃に経験したような出会いは無く、むしろ嫌いにさせる出来事のほうが多かったため、完全に足が遠のいてしまっていました。その代わり、コンピュータに興味を持ち、現在に至るわけです。そしてその流れから、結局は数学の方へ関心が戻ってくることになりました。むしろ、今気づくことができたのは幸運だったのでしょう。


フェルマーの最終定理に最後の証明を与えたのはワイルズ氏ですが、この話はワイルズ氏だけが主役なわけではありません。ワイルズ氏はこれまで何千年に渡って積み上げられてきた数学の力を駆使して、それを可能にしています。
彼一人だけが偉業を成したのではなく、その理論の基礎となる理論を打ち立てた人々もまた、その偉業に大きな貢献をしているのです。しかし、同じ時代に生きる学者には平等の機会、同じスタートラインが与えられているので、その中で一番乗りを勝ち取るのはやはり凄いことです。


この本の訳者の方もあとがきに記されていますが、このお話にはマイノリティと考えられる人々が比較的大きく採り上げられています。それは、女性と日本人、です。
今でも女性は仕事がやりにくい環境にあるかもしれませんが、近代の欧州などでは、それとは比べ物にならないくらい、女性が数学を修めることが困難な時代がありました。そんな時代を生き、数学に人生を捧げた女性の姿を描いています。
また、ワイルズ氏の証明に関与している日本人、特に「谷山・志村予想」という提案をした2人*1の挿話も、同じ日本人としては誇らしい気持ちにさせられました。
不遇の運命に翻弄されたガロア氏の話も、なんともやりきれない気持ちがこみ上げて来ました。確かに彼の性格には問題があったのかもしれませんが、稀代の才能が謀略に滅ぼされてしまうのは、単純にもったいないと思ってしまいます。ただ、冷静に考えれば、例えばマッドサイエンティストがどんなに素晴らしい才能を持っていようと、世間には受け入れられないのは止むを得ないことです。ガロア氏がマッドサイエンティストというわけではありませんが、出る杭が打たれるということもあったのかもしれません。


この話でもっとも注目したいのが、ワイルズ氏がこの問題に取り掛かってから、7年もの歳月を費やしているということです。世界で最も優れた数学者でさえ、何年も考え続けなければならない問題というものは、素人には想像する術もありませんが、重要なのは、わずかに語られているその取り組み方です。
数学と一口にいってもいろんな分野があり、そのすべてを完全に習得することは容易ではありません。理解できるかもしれないけど、時間は無限にあるわけではないので、自分の専門分野とその周辺について時間を費やすことになるでしょう。
ワイルズ氏はまず、ある仮定を検証するために使えそうな理論を、完全に使いこなせるように習得した、とあります。これは、それほどの高みを目指すのであれば、まずはそれなりの装備が必要だ、ということを言っているのではないでしょうか。
高い所に登ろうとする時、踏み台を縦に積み上げても、登りづらいし、安定しないのですぐに崩れてしまうでしょう。踏み台をピラミッド上に積み上げれば、階段のようになって登りやすくなるし、安定します。これは、どの分野でもこれは言えるのでしょうが、数学はとりわけ、この踏み台が完璧な物質でできているようなものです。積み上がってしまえば、何よりも強固なピラミッドが完成するのです。
数学でなくても、基礎の積み上げというのは重要であることは間違い有りません。プロのアスリートだって、芸術家だって、基礎を誰より上手にできるから、人より凄いことができるのです。


さて。
今の私には、このような難しい理論を理解できるわけもありませんが、数学の美しさを再認識させていただくことはできました。純粋数学を本格的に理解することは無くても、実用部分では知っておいたほうが良いことが幾つかあることも認識できました。
このような機会を与えてくださった、この本とその関係者の皆様に感謝です。

*1:話にはほとんど登場しませんが、Wikipediaによれば、岩澤理論の岩澤健吉氏や肥田晴三氏も大きく貢献していると書かれています。