個性を捨てろ!型にはまれ! - 三田紀房
2006.12.03
先月は漫画を大量に読んだせいか、最近は活字の本が無性に読みたくなってしまいました。お誂え向きに、エキナカの本屋を見つけたので、ふらふらと立ち寄りました。今回の2冊はこうして入手したものです。
三田紀房さんは、漫画「ドラゴン桜」で知られる作家です。実は、漫画読みなのに未読なのです。それには理由があって(というほどのものでもないですが)、東大を目指すというところに全く興味が湧かなかったからです。しかし、たまたま目に入った連載中の作品内にとても気になる話があったのです。主人公の桜木が、個性について語るシーンですが、これを見かけてからちょっとこの作品が気になっていたのです。そして、本屋でこの本が平積みされていたので手にとってみました。
総合的には、主張が良くまとめられていて、同意できる点も多く、面白いです。字が大きめで読みやすいので、普段あまり本を読まれない方でも読めると思います。特に、将来が不安な若者たちは、読んでみると良いかも。ただし、個人的にはちょっと極端な主張だと感じたので、完全に崇拝しない程度に読むのが吉でしょう。
それでは、いくつかのポイントに絞って感想などを書いてみたいと思います。
成功は最短距離でつかめ
漫画家を目指しているのに、漫画を描いたことが無いという挿話が出てきますが、これはどの世界でもある話ですね。小説家とかももちろんそうですが、ソフトウェア技術者の世界も同じです。404 Not Foundというサイトにもありますが、自分でプログラムを書いたら、それでもうあなたはプログラマです。あとは形容詞の問題で、「高度の技術力を持つ」「xxでしかプログラミングできない」「プロの(飯を食っていける)」などが付くだけです。どうすればプロになるかは、需要のあればなれます。
あと、些細な話ですが、「ラクして成功したいと思うことは、恥ずかしいことなのか?」は、「比較的ラク」という意味で言っているのを読み違えないかな、と思ってしまいます。全体を見れば確信的に過激な言い方をしているのは分かりますが、ちょっと極端すぎませんか。
『型』があってこそ「型破り」になれる
これも割とよく知られたことでしょう。『型』とは基礎のことで、型破りとは、基礎が完全に消化できていて、それを応用できるレベルにならないと到達できない、ということです。武術の「無形の位」なんかもこれでしょうか。茶道では「守破離」という言葉もあるようです。プログラミング関連では、出典忘れましたが「ソフトウェア技術習得レベル・名人の段階−その技術を完全に消化していて、いつルールを破るべきかを知っている」というのがあります。
個性的とは型破りになることだとすると、まず基礎がしっかり出来ていないといけないということですね。もしかしたら、「天才的な人はそうじゃない人もいる」と思うかもしれないけど、天才は普通の人の数倍の早さで基礎を習得できるからだ、と私は考えています。
子供に自由を与えるな
今回この本を読む動機となった「規律と統制があってこそ、個性が生まれる」という言葉に関連した話ですね。
あまり内容には関係ありませんが、私の意見は、自由と自分勝手を履き違えるな、です。自分の思い通りには行かないということを、理屈抜きで教えるべきだと思います。子供は、社会のことをまだ分かっていません。理屈で教えても、社会の厳しさなどは教えられないでしょう。ゆとりより前の教育だって、将来子供たちが出て行く社会に比べたら、十分ゆとりのある社会でしょう。それを、目先のことしか見えない大人たちのせいで、甘やかしてしまっているのです。これでは、将来子供たちが社会に出てから苦労するだけです。
本の感想に交えて、いろいろ意見を書いたりしましたが、数日越しで書いてしまい、まとまりがなくなりそうなのでこの辺で。